父の日礼拝でした。2022.6/19(日)

《今週のみことば》

「主よ、私たちはだれのところに行けるでしょうか。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であると信じ、また、知っています。」ヨハネの福音書6章68,69節

 男性だけで5,000人、女性、子どももいたのですから10,000人以上の人々にイエス様は給食をされました。その給食を経験した人々が、イエス様を追ってカペナウムまで来て再会したのです。その人々は、先祖が受けたマナのように、イエス様からも給食を求めました。しかし、イエス様は、「私が命のパンであり、わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者でなければ、永遠のいのちを得ることはできない」と言われ、そのことばに躓いた人々が、イエス様のもとを去ったのです。そのことばで再び帰らなかった者の中に、多くの弟子たちもいたのです。ここから、三様の弟子たちの姿を見ることができます。

Ⅰ.去りゆく弟子 弟子のように従ってはいるが、都合が悪い話や出来事になると自分本位に離れて行き、再び帰ろうとはしない弟子たちのことです。尊い恵みの機会を捨ててしまう弟子たちです。

Ⅱ.裏切る弟子 ユダがそれです。悪魔の誘いに乗り、受け入れ続けたため、ついには支配され、使徒にも選ばれながら、一人滅びるに至った理解しがたい弟子でした。

Ⅲ.残った弟子 彼らとてイエス様を裏切る弟子なのです。しかし、この人達はなぜエルサレム教会の基礎石となり、栄光の働きをなすように選ばれたのでしょうか。それは、前二者と違って、イエス様から離れなかった事です。また裏切った後も集まりから離れなかった事です。このことから、現在の弟子である私たちもまた、いかなる事があっても教会から離れてはならないということです。私たちは弱く愚かなのです。

 「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」(ヘブル人への手紙12章2節)

「また、愛と善行を促すために、互いに注意を払おうではありませんか。ある人たちの習慣に倣って自分たちの集まりをやめたりせず、むしろ励まし合いましょう。その日が近づいていることが分かっているのですから、ますます励もうではありませんか。」(ヘブル人への手紙10章24、25節)

<お知らせ>

▷「おとうさんありがとう!」父の日のよき礼拝がささげられたことと思います。あまりにも豊かな愛あふれる『天の父』のみもとに一人でも多くの方々が立ち帰られますように、さらに祈っていきましょう!

▷当教会では、植松敏幸先生が礼拝メッセージを語って下さり感謝でした。

▷小野牧師は、コロナのため、3年越しで、鈴蘭台福音教会聖会礼拝のご奉仕でした。宮崎浩・友子先生牧する教会で幸いな交わりの時でもありました。お祈りを感謝いたします。

▷本日は、『ベラカ』祈祷課題が、高松新生教会でした。かなりの方々に覚えて祈って頂けるのは大きな励ましです!祈りに応えて下さる御真実な主に期待します。

Posted in 今週のお知らせ | 父の日礼拝でした。2022.6/19(日) はコメントを受け付けていません

教会行事では「花の日子どもの日」でした。2022.6/12(日)

《今週のみことば》

「あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい。」エペソ人への手紙5章8節

教会カレンダー(教会暦、教会行事)では、6月第2日曜日は、「花の日・子どもの日」とされています。その由来です。1856年、アメリカのマサチューセッツ州の第一ユニバーサリスト教会のレオナルド牧師が、子どもたちをイエス様に導き、信仰告白をするようにと、特別礼拝説教と行事をしたことが始まりでした。1870年にはこの日を「シャロンのばら」と名付け、礼拝堂をばらで飾り、特別行事をし、やがてそれが「花の日」と呼ばれるようになり、神への感謝と人への愛を表わす日となりました。日本では明治の中頃から教会学校行事として行うようになりました。私たちの教会では2010年より「母の日・花の日礼拝」としてドッキングして行っています。そこで『牧羊者カリキュラム』では、『光の子ども』とされていますが、すべての『神の子ども』(年令を問わず)へのメッセージです。

 Ⅰ.闇から光へ 「古い人をあなたがたが脱ぎ捨てること、また、あなたがたが霊と心において新しくされ続け、真理に基づく義と聖をもって、神にかたどり造られた新しい人を着ることでした。」(エペソ4・22~24)人はそもそも神にかたどり造られましたが、アダムとエバの陥罪によりその形は崩され罪と闇の中に生きる者となりました。その回復のために「わたしは世の光です。」(ヨハネ8・12)と言われたイエス・キリストがおいで下さいました。全人類のすべての闇(罪・汚れ・のろい)を負って、処分して下さるためでした。「もし私たちが、神が光の中におられるように、光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」(ヨハネの手紙第一1・7)闇の存在、闇の性質を、光の存在、光の性質へと変えて下さる唯一のお方、それが、光なるイエス・キリスト様なのです。「あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった」(ペテロの手紙第一2・9)お方です。

 Ⅱ.闇のわざから光のわざへ 『光の子ども』とは、聖書では「光に属する子」あるいは、「光の性質を受け継ぐ子」の意味であり、それは、光であるキリストのご性質を受け継ぐ者です。植物の成長には、光が不可欠であるように、信仰者の成長にとってもなくてはならないのが光です。「光の子として歩む」とは、「感謝のことば」(4)を語ること、「あらゆる善意と正義と真実」を行うこと(9)です。「感謝」「善意」「正義」「真実」という実を結ぶことが、光の子として歩む者の結果なのです。日々、キリストの光の内を、すなわち、《みことばの光、みことばと共に働いてくださる聖霊の光》の中を、『光の子ども』として歩ませて頂きましょう。

<お知らせ>

▷子どもたちの救いと成長のためには、日々のデボーションの中で、そして教会の祈祷会で熱く祈っていきたいと思います。

▷午後には「プロジェクト希望にむかって」委員会が行われます。平地で、みんなが同じフロアで礼拝できる新会堂の実現のためにも、日々熱く祈っています。「人の心には多くの思いがある。しかし、主の計画こそが実現する。」(箴言19章21節)続いてのご加祷、よろしくお願いいたします。

Posted in 今週のお知らせ | 教会行事では「花の日子どもの日」でした。2022.6/12(日) はコメントを受け付けていません

6月第一聖日ペンテコステ礼拝でした。2022.6/5

≪今週のみ言葉≫

「その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導いてくださいます。」ヨハネの福音書16章13節

  説教題: 『ペンテコステおめでとう!』  聖書:ヨハネの福音書16章4~15節

    英国のエリザベス女王(96才)が、今年で即位70年を迎え、2日~5日、全国で記念行事が行われています。1952年2月6日に即位。ビクトリア女王の在位期間の63年7ヵ月を抜いて英国史上最長です。しかし、キリストは王の王、主の主として、永遠に全世界、全宇宙を統治しておられるお方です。そのキリストの贖いの功績の結果、約束の聖霊が、キリストのご昇天後、10日後に、祈り待ち望んだ弟子たちの上に如実に力強く注がれました。「聖霊降臨」のできごとでした。

Ⅰ.ペンテコステに起こったこと。(使徒の働き1章2章)

「五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。」(2・1)50日、即ち復活後40日、昇天後10日で計50日です。「ペンテ」は「5」と言う数字を示しています。モーセ5書も「ペンタチューク」と言われる通りです。「皆」とは「120人ほどの人々」(1・15)でした。キリストの昇天を目撃したのは500人以上の人々でした。(Ⅰコリント15・6)その内の「120人ほどの人々」が主の言葉に従って、屋上の部屋で祈っていたのでした。「すると天から突然、激しい風が吹いてきたような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。」(2-4)驚くべき天からの賜物、約束の聖霊の降臨の有様を、ルカは、「ような」「のような」と表現しています。ここに聖霊なるお方の表徴を見ることができます。’The Emblems of the Holy Spirit’ です。①激しい風。ヘブル語で「ルアハ」という「神の霊」です。(創世記1・2) ②炎。まさに焼き尽くす火です。水で清められないところを火はきよめます。 ③舌。これはあかしの言葉を示します。あのペテロが、事の次第を解き明かし、ヨエル2・28の預言の成就と語り、ユダヤ人たちの罪を指摘し、悔い改めを勧め、その日信じてバプテスマを受けた人々3,000人ほどが中間に加えられ、(2・41)、地上神の国と言われる「教会が誕生」したのでした。ハレルヤ!

Ⅱ.キリストの霊に満たされて(ヨハネの福音書16章7~14節)。

本日のテキストはキリストが世を去る前に弟子たちに懇ろに語った教えです。わたしの代わりに「助け主、慰め主、真理の御霊」をつかわします。「わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのです」(7)と。水のバプテスマにあずかった者が次には『聖霊のバプテスマ』にあずかるのです。聖霊はキリストの霊です。キリストのように父のみ心に完全服従して、神に栄光を帰するためにはこのバプテスマが必須です。情報過多交錯の時代、唯一絶対の情報は「神のことば」です。真理の御霊に助けられ、みことばと祈り一筋に、神の栄光のための歩みを選び取って行きましょう。

<お知らせ>

▷ペンテコステおめでとうございます!聖霊が臨み、聖霊に満たされた弟子たちは、「姿変わり」

 しました! 私たちの上にも同じ恵みが注がれ、主の証人として日々歩ませてくださるように

 お祈りします。

▷礼拝後久しぶりに、「たんぽぽの会」が開かれます。特に「若い方への伝道」について語り合う会

 として発足した会です。聖霊なる神のよき導きを頂いて有意義な時となりますように!

Posted in 今週のお知らせ | 6月第一聖日ペンテコステ礼拝でした。2022.6/5 はコメントを受け付けていません

5月最終の礼拝でした。2022.5/29㈰


≪今週のみ言葉≫
「この戦いは【主】の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」サムエル記第一17章47節
 説教題: 『ダビデの圧勝』  聖書:サムエル記第一17章31~51節
 ♪おそいくるライオンとらえ せめてくるゴリヤテたおす 神の力を身に受けて 戦うダビデ 羊を守る 雄々しいダビデ 少年ダビデ♪(日本キリスト教団出版局「こどもさんびか」66番) 賛美するだけで力が湧いてきます。今日のテキストは、サムエル記第一の中でも山頂とも言える、多くの人の知るダビデ対ゴリヤテ戦です。それは、《ダビデの信仰による勝利》でした。
Ⅰ.ダビデの戦法 イスラエルの陣営を震え上がらせたペリシテの兵士、ゴリヤテ、その身長は3m弱、その戦法は、かぶと、よろい、胸当て、すね当て、そして青銅の投げ槍、さらには一対一での戦いへの挑戦でした!しかし、ダビデの戦法は、全く対称的でした。
① 主の御名によって。「おまえは、剣と槍と投げ槍を持って私に向かって来るが、私は、おまえがそしったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かう。」(45)「この戦いは【主】の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」(47)
②使い慣れた武器によって。「このしもべが行って、あのペリシテ人と戦います。(32)と名乗り出たダビデに、サウル王は、「自分のよろいとかぶとを着けさせた。」(38)のでしたが、また、そのよろいの上にサウルの剣を帯びたのでしたが、慣れていなかったので、それでは歩くこともできませんでした。そこで、ダビデは、自分の杖を取り、川から5つの滑らかな石を選び、羊飼いの使う投石袋に入れ、石投げを手にしました。
Ⅱ.ダビデの戦勝(ジョン・ヘンリイ・ジョウエット博士著『日々の霊想』4/28分 参考) ①ダビデは自分の感情に勝った。(28~30節)長男エリアブのダビデへの怒りを燃やした言葉。それに対して、ダビデのあの立派な落ち着いた返答。この時、自分の感情に打ち勝ったことはダビデを大いに助けた。正確な狙いと、腕の確かさを妨げるような感情の激動はなかったのである。②ダビデは恐れと不信に勝った。彼は熊や獅子に出会った時、既にしみじみと神の能力を体験した。ダビデの神への信頼は一点の曇りもない、清澄なものであった。いよいよ一対一の対決!「ダビデは、石投げと石一つでこのペリシテ人に勝ち、このペリシテ人を撃って、彼を殺した。」(50)石はあと4つも残っていました。まさに「圧倒的な勝利者」(ローマ人への手紙8・37)でした。
人生さまざまの戦いの中で、[ダビデが谷間から石を拾い上げたように、密室の祈りによってみ言葉を受け、これを御霊の力によって用いることが勝利の秘訣です。](『牧羊者』p.66) 私たちも「みことばと祈り」という使い慣れた武器をもって、日々、あらゆる戦いに圧勝させて頂きましょう。

<お知らせ>
▷6/1㈬には「今月のメッセージ」「今月のお祈り」「ヘッダー」が更新されます。

▷次週6/5㈰はキリスト教三大祭の一つである「ペンテコステ(聖霊降臨)記念礼拝」です。4/17㈰のイースターから40日目の5/26㈬「キリスト昇天記念日 祈祷会」を行いました。その日から10日後が6/5㈰ペンテコステ礼拝です。120名ばかりの人々が祈る中に天からの第三位の神、聖霊なる神が降り一人一人に臨まれキリストの証人とされ、その日地上神の国と言われる「教会が誕生」しました!!ハレルヤ!クリスマス、イースターほどには知られていないまさに大切な≪霊の祭り≫です。どうぞよいペンテコステを共にお迎えいたしましょう!

Posted in 今週のお知らせ | 5月最終の礼拝でした。2022.5/29㈰ はコメントを受け付けていません

花々の美しい季節です。 2022.5/22(日)

≪今週のみことば≫

「人はうわべを見るが、【主】は心を見る。」サムエル記第一16章7節

 救い主イエス様は、「ダビデの子」と呼ばれました。メシアなるお方は「ダビデの子孫」(テモテへの手紙第二2・8)ダビデの血統、ダビデの家系からの誕生でした。その『ダビデの選び』についてです。

Ⅰ.選ばれたダビデ 民の要求に応えて与えられた最初の王 サウルは失敗を重ねて王位から降ろされました。悲しむ預言者サムエルに、主は次の王を見出したから、エッサイのもとに行くようにと語られます。「王位」については、主も受け入れて、主の心にかなう王を立てようとされたのでした。ベツレヘム人エッサイには、8人の息子たちがいました。サムエルは一体どの子が選ばれるのかと戸惑ったことでしょう。現に一番にサムエルの前に来たエリアブを見た時、「きっと、主の前にいるこの者が、主に油を注がれる者だ」と思った。(6)とある通りでしたが、実は違っていたのでした。主はサムエルに言われた。「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、【主】は心を見る。」(7)との、主のみ声をサムエルは聞きました。父エッサイは、次男アビナダブ、三男シャンマ(シムア)、四男ネタンエル、五男ラダイ、六男オツエム、七男エリフ(シリヤ語訳)【『新改訳2017』では七男ダビデ】と、7人の息子をサムエルの前に進ませましたが、サムエルはエッサイに、「主はこの者たちを選んでおられない。」と言ったのでした。(10)実は、もう1人第8番目の息子ダビデが、羊の群れの番をしていたのです。連れて来られたその子は、「血色が良く、目が美しく、姿も立派だった」(12)のです。「さあ、彼に油を注げ。この者がその人だ。」(12)との主のみ声により、「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。主の霊が、その日以来、ダビデの上に激しく下った。」(13)のでした。<羊を飼う仕事>それは、その家の中で大切にされていない家族か召使いのする卑しい仕事でした。しかしダビデの内に優しい心が養われ、その仕事の中で純粋に神と交わり、神こそ「わが羊飼い、わが牧者」と仰ぐ信仰が育まれ、珠玉の「真珠の詩篇」と言われる詩篇23篇が歌われるに至りました。

Ⅱ.選ばれた私たち 「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。(ヨハネ15・16) 心の内を見られたら、罪・汚れに満ちていた私たちを選び、任命しましたと言われます!さらにはパウロの言葉によると、「しかし、母の胎にあるときから私を選び出し、恵みをもって召して下さった神」(ガラテヤ1・15)、更には「すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方(イエス・キリスト)にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。」(エペソ1・4)とのみことばを読む時、お互いの選びが、神の憐れみと不思議以外の何ものでもないと驚くばかりです![本日の中心聖句の意味は、「人は自分の目に従ってものを見るが、神はご自分の心に従って見られる」ということです。人間の弱さを知り尽くしておられるお方として、あわれみに満ちた心によって見られた結果、ダビデを(そして私たちを)選ばれたのです。}

<お知らせ>

▷本日は、13:00より、定例役員会が、行われます。森沢主管牧師先生はzoom出席してくださいます。主の栄光のために、主のご計画が前進する役員会となりますようお祈りください。

▷「かえるクラブ」はコロナの危惧もあるので、子どもたちは自粛状況のようですので、夏休み明けまでお休みとします。残念ですが、子どもたちに渇きが与えられて幸いにも日曜日9:40~から行われている教会学校に集う子どもたちがおこされますようお祈りください。

Posted in 今週のお知らせ | 花々の美しい季節です。 2022.5/22(日) はコメントを受け付けていません