阪神淡路大震災26周年記念日でした。 2021.1/17(日)

≪今週のみ言葉≫

「絶えず祈りなさい。」    テサロニケ人への手紙第一 5章17節

説教題:『絶えず祈ろう!』

  聖 書 テサロニケ人への手紙第一 5章16~18節

▷King James(A.V)(欽定訳) Pray without ceasing.

▷NIV(新国際訳)Pray continually.

▷RSV(標準訳)Pray constantly.

▷詳訳聖書―たゆまず祈り<忍耐強く祈り>なさい。

▷リビングバイブル―いつも祈りに励みなさい。

▷「純真な教会の三つのしるし」(W・バークレー聖書註解シリーズ⑪)

(二)それは祈りの教会である。 もし、わたしたちが、「一人のときでも祈る人は、一緒の時には最も良く祈る」ということばを思い起こすなら、わたしたちの教会の祈りは、多分もっと効果のあるものとなるであろう。

▷ウエスレアン聖書註解「決して祈ることをあきらめてはいけない―モファット訳」「祈り」は、あらゆる形の交わりを含む。祈りは神に呼びかける以上のことである。それは神に聴くこと、神と対話すること、意識的に依り頼むことなのである。それは自分の心を神に向けて挙げる習慣なのである。

Ⅰ.祈りは労働(labour)また呼吸(breathing)

働かなければ食べていけず、呼吸しなければ生きていけないわけです。神から頂いた新しい命が生き生きと生息し続けるために、神に祈り、神に聴く祈りを怠ってはなりません。また神からの使命のために労苦する働きの力は祈りにあり、祈りそのものが労働であり、使命なのです。

Ⅱ.祈りには報酬が待っている  労働には必ず報酬が備えられているように、祈りにも神からの豊かな報酬が備えられているのです。「正しい人の祈りは、働くと大きな力があります。」(ヤコブ5・16)「義人の祈りは大いに力があり効果のあるものである」(口語訳)。個人の祈り、家庭の祈り、教会の祈りに励みましょう!そして今年の標語のように、「神の奇跡を」見せて頂きましょう!

<お知らせ>

▷昨年1/15㈫に新型コロナウイルス初感染者が国内(東京都内)で判明し、一年後には感染者数311,314人、死者4,355人と驚異的な拡大、被害を受けています。神に祈り呼び求める以外にありませんし、対策・自粛もしっかり行わねばなりません。

▷願わくは、「新しい教会生活スタイル」で、継続できますようにとお祈りしています。御加祷よろしくお願いいたします。

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「成人」となられる皆様おめでとうございます!2021.1/10(日)

《今週・今年のみ言葉》

「いつも喜んでいなさい。」テサロニケ人への手紙第一5章16節

説教題:『いつも喜ぼう!』

聖 書:テサロニケ人への手紙第Ⅰ  5章16、17、18節

主の2021年、わたしたちの教会に与えられている新約のみ言葉です。以下の解説を読むなら、3回に分けて語るのは無理があるように思われるのですが、かといって1回で語るのも惜しまれて、3回に亘って味わうことに致します。

▷「常時喜悦・不断祈祷・万事感謝」—6人(8人のうちの)の子どもを召され、13年間病妻を看病中、与えられた標語―(米田豊師)

▷詩篇には、イスラエルの民の喜びと感謝の賛美が多くみられる。神の民のしるしは、喜びに満ち、感謝にあふれていることであった。クリスチャンは神の民として、このような特質を豊かに持つ者たちである。この喜びと感謝は、祈りと密接に結びつけらえている。この箇所においても、喜びと感謝の勧めの間に「絶えず祈りなさい」(17)とあるのは非常に意義深い。(新聖書講解シリーズ⑨木下奉子師)

▷テサロニケ人への手紙第一5・16~18はきよめられたクリスチャン像である。(J・ウエスレー)

▷「純真な教会の三つのしるし」(W・バークレー聖書註解シリーズ⑪)

(一)それは喜びの教会である。教会には教会員にちょうど日光を浴びているように感じさせる喜びの雰囲気がある。真のキリスト教は、心を喜び立たせるものであって、意気消沈させるものではない。

Ⅰ.人(生まれつきの人、肉なる人)の喜び

与えられることを喜ぶ、願いが叶うことを喜ぶ、様々な欲が満たされることを喜ぶ、確かにそうした喜びも神がゆるされて与えられるものですが、これらは一時的で、真に魂を満たすものではありません。それらが喜びのすべてだと、ごまかされてはいけません。キリストに出会うまでは誰しも、その程度の喜びしか味わうことができません。ですから「いつも喜ぶ」ことはできないのです。

Ⅱ.キリストの喜び・キリストにある者の喜び

「わが神よ、わたしはあなたのみこころを行うことを喜びとします。あなたのみおしえは私の心のうちにあります。」(詩篇40・8)「この方は主を恐れることを喜びとし、」(イザヤ11・3)「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。」(イザヤ53・11)これらは、メシヤなるキリストを預言するみ言葉であり、キリストの喜びが何であったかを語ります。父なる神のみこころを行うこと、それに従うこと、どのような犠牲を払ってでもそうすることが喜びでした。このキリストを信じて内に宿すクリスチャンも、キリストの喜びに生かされる者たちです。ローマ5・1~5,11には驚くべき喜びが記されています。「今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば取るに足りないと私は考えます。」(ローマ8・18)究極的に「永遠の神の御国の栄光」に入れられる望みを抱くクリスチャンは、ですから「いつも喜んで」いることができるのです。ハレルヤ!

<お知らせ>

▷明日(1/11・月祝)の「成人も日」を前にしての第2聖日には「青年祝福礼拝」を行ってきましたが、昨年末のコロナ禍中で一時間の礼拝となりました。

▷が、やがて「成人の日」を迎えようとしている、「高校生、中学生、小学生、幼児」たちのために神の祝福を祈ります。この頃は「ハーフ成人」という言葉もあり、当教会にも何人かいます!幼い子どもたちや若い魂が素直に救い主イエス様を信じて、洗礼を受け神の家族にさらに加えられていきますよう祈ります!

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主の年2021年明けましておめでとうございます!2021.1/3(日)

《今週・今年のみ言葉》

「わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたがたが知らない理解を越えた大いなることをあなたに告げよう。」エレミヤ書33章3節

 ◇牧師館より祈りを込めて  1/3㈰ 礼拝説教概要

  説教題:主を呼ぼう! 聖書:エレミヤ書33章1~9節     

「わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を越えた大いなることをあなたに告げよう。」 エレミヤ書33章3節 

主の年2021年第一聖日を迎えました。昨年「見よ、わたしは新しいことを行う。」(イザヤ書43章19節)の約束は、今年も引き続いて語られています。そしてそのためには、「わたしを呼べ。」(エレミヤ書33章3節)と今年み声がかけられているのです。

Ⅰ.祈りの対象(1~2、32・17、27)

「涙の預言者、悲しみの預言者」と言われるエレミヤが、「監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった」(1)のでした。天は大きく開かれていたのです。エレミヤはアナトテ出身の人でした。「アナトテ」とは「こだま」という意味です。32・17「ああ、神、主よ、ご覧ください。あなたは大いなる力と、伸ばされた御腕をもって天と地を造られました。あなたにとって不可能なことは一つもありません。」とのエレミヤの祈りに対し、32・27で「見よ。わたしはすべての肉なる者の神、主である。わたしにとって不可能なことが一つでもあろうか。」と、まさにこだまのように神は答えられました。そして33・2「地を造った主、それを形造って堅く立てた主、その名が主である方が言われる。」と再び語られます。獄中の預言者を激励し、続く3節の力強い祈りの約束は、エレミヤの信仰を大いに高めたにちがいありません。私たちも、このようなお方に祈るのです。

Ⅱ. 祈りへの招き(3) 「わたしを呼べ」は、祈りへの神からの招きです。「わたしはあなたに答え」は、祈りが効果的であるという神の約束です。「理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう」は、人がかつて知り得たよりも、もっと祈りが効果のあることの、神からの保証です。祈りは神の力の新しい理解に扉を開く対話です。祈りへの神の答えは、大きさにおいて、範囲において、力において偉大なものなのです。「理解を越えた」事に当たるヘブル語は、「隔離された事、視界をさえぎられた事」を意味する語です。祈りは神の秘密を開く力です。神はしばしば、私たちの心を啓発し、私たちの無知を追い払うために、祈りを用いられます。この2021年、「今まで以上によく祈った一年」になりますように。きっと、家庭に、神の家族に何かが起こるにちがいありません

<お知らせ>

▷コロナ禍の中で迎えた新年ですがやはり、新しい希望が湧くものです。おめでとうございます。

▷旧約のみ言葉はエレミヤ書33章3節、新約のみ言葉は、テサロニケ人への手紙第一5章16、17、18節で、1月に味わいます。今年一年、このみ言葉に本気で生きるなら、きっと素晴らしい一年になるにちがいないと思わされます!

▷本年も主にありて、よろしくお願いいたします。

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この一年のお祈り・お交わりを感謝いたします。2020.12/27(日)

≪今週のみ言葉≫

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。」 テサロニケ人への手紙第Ⅰ  5章16、17、18節

「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」詩篇118篇1節

説教題:『主に感謝せよ!-キリスト・イエスにあって』

  聖 書 詩篇118篇1~6節、テサロニケ人への手紙第Ⅰ  5章16、17、18節

18節は次のみ言葉が続きます。「これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」

Ⅰ.神が望んでおられること  いつも喜んで、絶えずお祈りをして、すべてのことにおいて感謝する人、こういう人を、神が望むばかりではなく、人も望むにちがいありません。いつも不平や不満、つぶやきや愚痴、人の批判や悪口ばかりを聞かされるよりは、よほど魅力的であるし、その場が明るく輝きます。このように本当に生きることが可能なのでしょうか!?そう生きることを可能にするキーワード(鍵の語)があります。 Ⅱ.キリスト・イエスにあって  ということばです。クリスマスにみどりごの姿をとってわたしたちのこの地上にこられたキリスト・イエス、罪から永遠の滅びからの救い主として来られ、十字架に、私に代わって死んで下さり、葬られ、しかし三日目に、死の力、陰府(よみ)の力、罪の力、悪魔の力を打ち破って復活され、今も生きておられるお方です。33年の生涯はいつも喜んでおられ、絶えず祈られ、すべてのことにおいて父なる神に感謝して生きられた生涯でした。罪を悔改め、ゆるされてこのキリスト・イエスを心にお迎えするとき、このような生き方が可能になるのです。≪キリストを知る≫≪キリストのように生きる≫そういう人生こそ、神と人に喜ばれる人生です。≪キリストを知る≫ことに力を尽くしましょう。

<お知らせ>

▷主の2020年、年末感謝の礼拝、そして12/18㈮、主のみもとに召された兄弟の追悼記念礼拝でした。64年の信仰生涯をもって教会を支えて下さった兄弟の信仰がご遺族、また神の家族にしっかり継承されていきますよう祈ります。

▷元旦礼拝はコロナのこともあり各自家庭でささげます。

▷新年は1/3㈰最初の聖日からスタートです。コロナの中も対策しつつ、守られて共に集って礼拝できますように!

▷「今月のメッセージ」「今月のお祈りの課題」「ヘッダー」(リース)が更新されます。

▷2020年を心より主に感謝し、新しい主の2021年も祝福の主に期待します!

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主の2020年クリスマスおめでとうございます!2020.12/20(日)

≪今週のみ言葉≫

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。」マタイ2章2節

説教題:『王なるイエス』  聖 書 マタイ2章1~12節

 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。」マタイ2章2節

 ♪救いを賜う主 世に生まれぬ すべての人々 来たり祝え 

   天地(あめつち)しらす主 世に現る よろずのもの皆 どよみ歌え

「ベラカ」12/16㈬、祈祷会のために朝のデボーションで賛美しながら心と霊とが感謝に溢れました。このお方と出会わせて頂いた恵みに涙して、感謝の祈りを捧げました。

Ⅰ.まことの王(1,2,5,6節)

「ユダヤ人の王」(2)とは、預言に基づいて待望されてきた「救い主」を指す表現です。ヘロデ王が4節で「キリストは」と言い換えている通りです。この方は「ユダヤのベツレヘム」に生まれると、ミカが預言しました(ミカ5・2)。東の方の博士たちが「私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました」(2)と言っているように、救い主の誕生を知らせる不思議な星の現れも、民数記24・17に預言されています。この王の出現によって動揺したのが地上の、この世の王ヘロデ王でした。自らの王座に固執し、礼拝しに出向くどころか、その幼子をなきものにしようと。「ベツレヘムとその周辺一帯の2歳以下の男の子をみな殺させた」(16)のでした。しかし、このまことの王は、神の摂理のみ手で守られたのでした。(13)

Ⅱ.まことの礼拝者(9~11節)

星に導かれた東の方からの博士たちの存在は、私たち異邦人の代表として、キリストのもとに導かれてきました。メソポタミヤの地から一年以上もの年月をかけて、まさにはるばるユダヤの地に訪れました。まさに真の求道者の姿です。「王」だというので宮殿をたずねたのでしたが、そこにはおられませんでした。そのあいだ、星は姿を消していたのでしょうか。ベツレヘムと知らされ出て行くと、「すると見よ、かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった」(9)のでした。もはや家畜小屋ではありません。「その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ」(10)のでした。「それから家に入り、母マリアと共にいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」(11)のでした。立派な大の男たちが、1才そこそこの幼子を見るやいなやその前にひれ伏し、大切に持参してきた宝物をお献げしたのでした。「教父たちやルターは、三つの贈り物に、イエスの王権(黄金)、神性(乳香)、受難(没薬)の意味を見出す」(『牧羊者』P.86)いずれにしてもこれらはエジプトに逃避行した聖家族の必要を満たしたのでした。博士たちも神の摂理に導かれました。この「まことの王」を、私たちは心にお迎えできる、その幸い、私たちの礼拝は?このお方にふさわしい礼拝をおささげする「まことの礼拝者」とされましょう。ローマ人への手紙12章1節。 「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」

<お知らせ>

▷多くの方々のお祈りに囲まれて、クリスマス礼拝をおささげでき感謝しました。洗礼式(2名)、転入会式(ご夫妻)、聖餐式を執行できましたことを心より感謝しています。

▷次週12/27㈰は「年末感謝礼拝」「感謝祈祷会」です。コロナの中も守って下さった主に感謝し、2021年の新しい年の祝福も合わせてお祈りしたいです。

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