8月を迎え、暑中御見舞申し上げます。2020.8/2(日)

≪今週のみ言葉≫

「サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ」。創世記21章2節

説教題:『神の約束の実現

聖 書:創世記21章1~8節(18章1~15節) 

先週は15章でアブラムの幸いな信仰義認のメッセージでした。ところが16章ではアブラムは妻サライのすすめのもと奴隷女ハガルとの間にイシマエルをもうけました!17章においてアブラムは13年の暗黒の後「全能の神」の現れを受け、その名を「アブラハム」と呼ばれ、サライは「サラ」と呼ばれることになりました。いずれにもヘブル文字の「へー」という、神を表す文字が加えられたのでした。

 Ⅰ.神の約束 

 1.アブラハムに(17・15~21)。 「私は彼女を祝福し、また彼女によって、あなたにひとりの男の子を授けよう。(16)名をイサクと名づけなさい」(19)。ところがこうした神の約束に対して、あの神からの義を認められたアブラハムの反応は「アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、『百歳の者にどうして子が生まれよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか』」というものでした。

 2.サラに(18・9~15) 

「それでサラは心の中で笑って言った、『わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか』というのがサラの反応でした。主のこたえは、「主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生まれているでしょう」(14)でした。

 Ⅱ.約束の実現(21・1~8)

「主は、さきに言われたようにサラを顧み、告げられたようにサラに行われた。サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ」(1~2)。「さきに言われたように・・・告げられたように・・・」(1)と、わずかに違った表現で同じ内容が繰り返されています。一つの事実を強調するヘブル的な表現です。(「牧羊者」p.42)神が約束された「時」に、神が約束された「男の子」が、神が約束されたように「サラ」によって産まれました!「イサク」とは「彼は笑う」という意味であり、イサクの誕生はサラを、アブラハムを「笑わせ」、またそのニュースを聞くすべての人に「笑い」を、そして喜びを与えました。神の約束のみ言葉に信頼し、その実現を体験し、神への感謝の「笑い」で満たされる人生を歩みたいものです。

11/29(日)イルミネーション点灯式礼拝、12/20(日)クリスマス礼拝にて聖餐式、または希望者があれば洗礼式、入会式を行います。その他の行事はすべて中止といたします。1回1回の礼拝・集会のため豊かな霊の祝福が注がれますようお祈り下さい。

<お知らせ>

▷8月も、子ども合同の1時間の礼拝を守ります。10:15~11:15で、昼食はありません。

▷祈祷会も水曜日10:00~11:00、19:30~20:30に行います。役員会も第4聖日に礼拝後行います。

▷かえるクラブは8月はお休みです。

▷年内の行事は10/4(日)創立71周年記念礼拝に聖餐式を行い、この日より公用聖書として『新改訳2017』に切り換えます

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7月最終礼拝でした。2020.7/26(日)

≪今週のみ言葉≫

「アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」。創世記15章6節

説教題:『信じる祝福』 聖 書:創世記15章1~16節

いま世界は、「新型コロナウイルス」により、様々に揺さぶられ、日本は梅雨や「令和2年7月豪雨」で、大変な中にあります。今日の聖書の場面の中では、アブラムは14章で甥のロトの救出のために全力を尽くしての戦いをし、周囲の王たちからの報復に恐れを覚えていたことでしょう。しかし、15章1~6節までの神とアブラムとの対話の場面はまことに雄大で、信仰の世界の雄大さを覚えさせられます。

Ⅰ.約束を信じる祝福 

 「アブラムよ、恐れてはならない、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いははなはだ大きいであろう」(1) 王たちからの報復を恐れるアブラムへの何と力強い主のお言葉だったことでしょう。その神にむかって、アブラムは不服めいたことを言います。「子どものない私に一体何をくださろうとするのですか。しもべがあとつぎとなるでしょう」と。即座に驚くべき主の言葉がアブラムに臨みました。「あなたの身から出るものがあとつぎとなるべきです」と!「そして主は彼を外に連れ出して言われた、『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、『あなたの子孫はあのようになるでしょう』」。(5) 岡山の田舎の満天の星を思い出しますが、ここユダヤの地のその時の星も、まさに数えきれない程の星がきらめいていたことでしょう!「アブラムは主を信じた」(6)とあります。み言葉=(イコール)主のご人格です。主とその約束をアブラムは信じたのでした。ここで初めて≪信じる≫という偉大な言葉が聖書に出てきます。アブラムは夜空に輝く無数の星を仰ぎながら思ったのでしょう。「そうか。主はこれらのすべての星一つ一つを何もないところから造られたお方だ。一人の子どもではおさまらず、あの星のように私の子孫を与えて下さるに違いない」と。神がこのようにしてアブラムの「信仰」を助け、確かなものにされました。

Ⅱ.義とされる祝福

「アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」(6)。神がアブラムが信じたことを義と認めて下さいました。すなわち神との正しい関係にいるよと認めて下さったのでした。神が「よし!」と言って下さったということでした。ここに『信仰義認』の源泉をみることができます。人が神の前に義とされる道は、唯一、「信仰による」ということです。ハバクク2章4節「見よ、その魂の正しくない者は衰える。しかし義人は信仰によって生きる」。このみ言葉が、新約聖書に3回引用されています。ローマ1・17、ガラテヤ3・11、ヘブル10・38.全知全能愛なる神に「義とされる唯一の道」それが、「信仰」であり、いま私たちは「この神からの義」をただイエス・キリストの十字架と復活を信じる信仰によってのみ受けることができるのです。祝福の道を歩み続けましょう。

<お知らせ>

▷今週金曜日で7月を終り、早くも土曜日から8月に入ります。「今月のメッセージ」「8月のお祈り」「ヘッダー(ひまわり)」が更新されます。

▷新型コロナウイルスの終息への道のりは遠いようです。自分のためにも、他者のためにも、マスク、消毒を心がけ感染から守られましょう。

▷7/5(日)から礼拝を再開して、1時間の礼拝を子どもたちも共に守っています。願わくは、継続できますようにと祈っています。御加祷下さい。

▷オンラインでの「つながり」は「会う」こととは違う。早く人々が自由に移動できるようになり、失われた幸福な瞬間が世界中に戻ってくる日を待ちながら。ーJAF Mate 2020/8,9より

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「令和2年7月豪雨」御見舞い申し上げます。2020.7/19(日)

≪今週のみ言葉≫

「あなたは祝福の基となるであろう」。創世記12章2節

説教題:『祝福の基』

聖 書:創世記12章1~9節

  高松にも新型コロナウイルス感染者が3人、4人と起こされています。感染から守られるべく、祈り深く注意していきましょう。そうした中も「神の民」として安息日にみ前に出て礼拝をささげ、祈祷会に出て「祭司」の務めを忠実に果たしていきたいものです。今週はノアから第11代目にあたるアブラム(のちアブラハム)を通しての神様からのメッセージです。

 Ⅰ.神の選びと約束(創世記12章1~3節) 

 ノアから10代目にあたる「テラはアブラム、ナホルおよびハランを生み、ハランはロトを生んだ」(11・27)のでしたが、カルデヤ(バビロニア)のウルに住んでいたテラは、彼らとアブラムの妻サライを連れてカナンの地に行こうとして、ウルを出てハランに着いて、そこに住み、テラは205才で、その地で死にました。「時に主はアブラムに言われた」(12・1)、それはBC.2100年頃のことでした。実は使徒7・2~3によるとウルにいた時、アブラムは神の命令を聞いていたようですが、それを心に留めつつ、父と共にハラン(カラン)に来て、ここにて再び明確に聞いたのでした。神はバベルで散らされた人々のために救いと祝福をもたらす人物(国)としてアブラムを選ばれました。アブラムは父テラがウルにおいてもハランにおいても月神を拝む偶像崇拝者であることを知っていました。またアブラム夫婦には子どももありませんでしたから、この神の約束が、そんな自分に与えられていることは信じられない思いだったのでしょう。人の選びは「~だから」‘because of’の選びです。「利益になる、だから選ぶ」「できる、だから選ぶ」のです。しかし、神の選びは「にもかかわらず」‘in spite of’の選びです。アブラムの場合で言えば、「偶像崇拝者の子であるにもかかわらず」「子どもが今はないにもかかわらず」選ぶという選びでした。お互いの選びも神の選び以外の何ものでもありません。今こうして神の子として御前にあるのは、聖なる神の御前には罪人であったにもかかわらず、選ばれてあるのです(Ⅰコリント1・26~31)。そして偉大過ぎるほどの約束、「あなたは祝福の基となるであろう」との約束が与えられています。一方的な選びと約束に感謝あるのみです。

 Ⅱ.アブラムの信仰の従順(4~9節)

 「アブラムは主が言われたようにいで立った」(4)。「国を出て、親族に別れ、父の家を離れ」(1)「妻サライと、弟の子ロトと集めたすべての財産と、ハランで獲た人々とを携えてカナンに行こうとしていで立ち、カナンの地にきた」(5)のでした。それは二度とハランには戻らないという覚悟のあらわれでした。モレのテレビンの木のもとで、主はアブラムに現れて、「わたしはあなたの子孫にこの地を与えます」(7)と言われ、アブラムは主のためにそこに祭壇を築きました。約束の地において最初に築かれたのは礼拝の場でした。アブラムがハランをいで立ったのは75才の時でした。決して容易な決断ではなかったでしょう。しかし、神を信じる信仰による決断でした。そしてそのアブラムを、神様はいくつかの失敗を通されながらも「祝福の基」として造り上げられました。「あなたの子孫」(7)とは、ユダヤ人を指しますが、究極的には、イエス・キリストを指します(ガラテヤ3・16)。「あなたを祝福するものをわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう」(3)とは、なんと重厚な内容の約束でしょう!

<お知らせ>

▷新型コロナウイルス感染者が、高松市のみでなく、三豊、観音寺、土庄からも初感染者が出て、7/19(日)には香川県は44名を記録しました。「感染警戒期」と知事が掲げられました。祈りと覚醒を要します。

▷せっかく再開された礼拝、かえるクラブが守られますように!継続されている祈祷会、役員会も守られ祝福されますようにお祈り下さい。

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先週からかえるクラブも再開しました!2020.7/12(日)

≪今週のみ言葉≫

「これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである」。創世記11章9節

説教題:『バベルの塔』

聖 書:創世記11章1~9節

 100年に一度の疫病新型コロナウイルスに加えて50年に一度の豪雨水害で、あたかもノアの時代を彷彿とさせるような日々です。新型コロナウイルス対応についても、さまざまに人間の弱さを見せられている昨今です。今週は『バベルの塔』を通しての神様からのメッセージです。

 Ⅰ.バベル(混乱)の始まり(創世記11章1~9節) 

 ノアの息子たち、セム・ハム・ヤペテより子孫が生まれたことが10章に記されています。その頃はBC2300~2200年頃で「全地は同じ発音、同じ言葉であった」(11・1)とあります。ところが人々は「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」(4)と互いに言い合って、塔を建て始めたのでした。これはまさにエバとアダムの内にあった、善悪を知る木から取ってはならないと命じられていた木の実を取って食べた時の動機と同じです。「名を上げて」神のようになろうとしたのでした。神はそれをご覧になって、「彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないように」されたのでした(7)。「乱す」とは、ヘブル語の「バーラル」「混乱させる」との意味です。同じ発音、同じ言葉であったのが混乱させされ言葉と心が互いに通じなくなってしまいました。やむなく彼らは主によって全地のおもてに散らされていってしまったのでした。「これによってその町の名はバベルと呼ばれた」(9)。世の権力者となった最初の人ニムロデ王国の町の一つバベル(創世記10・10)のことであるともいわれます。やがて神にそむくこの世の国「バビロン」は、この「バベル」に由来しています。

 Ⅱ.バベル(混乱)の回復

 神の遠大なご計画の中で、ペンテコステの日から、バベルの回復が始まりました。10日間の待望祈祷の後、俄然、天より注がれた聖霊に満たされた120名ばかりの弟子たちに、朝の9時頃、きっと自分たちも驚きでしかなかったことが起こりました。すなわち「すると一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した」(4)のでした!彼らがそこに居合わせた17カ国語の人々を前に、すべての人々がわかる国語で、「神の大きな働きを述べ」(11)たのでした!言語を超えて、神の福音(キリストの十字架と復活)がすべての人に伝えられ、理解せられる時が到来したということでした。すべての人は、ただ「キリスト・イエスにあって一つ」となれるのです(ガラテヤ3・28) 御霊の預言者エゼキエルは、まさにその聖霊なる神の生ける水の幻を神より見せられ、やがて天の神殿(御国)の幻を記しました。そして結びの節は「町の周囲は一万八千キュビトあり、この日から後、この町の名は『主そこにいます』と呼ばれる」(エゼキエル48・35)です。何と鮮やかな回復の幻でしょう!

<お知らせ>

▷「令和2年7月豪雨」で被害を受けておられる多くの方々、救援されている多くの方々のために、神の助けと慰めとを心よりお祈りいたします。

▷4/9(木)より、きっかり3カ月目の7/9(木)かえるクラブを再開しました。首を長くして待っていてくれたお友だち10名がまずは集いました。女子中学生2人、小学生男の子2人、女の子6人で、卓球や宿題、ゲームをして楽しみました。短い1時間の中、終わりの20分間で「み言葉タイム」、ミニ教会学校をしました。狭いキッチンでの「密」ではなく、卓球台のある広いベタニヤで、間を置いて座り、子ども聖書日課の木曜日の所を男の子が読んで、「ノアの箱舟」のメッセージにみんな熱心に聴き入りました。感謝でした!!

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礼拝堂での公同の礼拝再開です。2020.7/5㈰

≪今週のみ言葉≫

あなたと家族とはみな箱舟に はいりなさい」。創世記7章1節

説教題:『救いの箱舟』

聖 書:創世記7章1節~24節

  礼拝再スタートを主に感謝いたします。時間のことなど考えて子どもたちも共に礼拝する形をとることにしました。聖書教育教案誌『牧羊者』によるメッセージを致します。み言葉カードや「子ども聖書日課」を活用したい考えです。このページならびにホームページには一般向けメッセージを記し、語るメッセージは子どもたちのことも考えて用意したいと思っています。恵みの礼拝となりますようお祈り下さい。≪ノアの箱舟≫です。「聖書記事の箱舟は長さ156m、幅27m、高さ16mのとてつもない大きな木造船です。エンジンも不要、浮くだけに作られた3階建ての驚くべき収容箱と言えます」。と高原幸男先生は書かれ、かつ「ノアの箱舟はタンカーほどの巨大な船です。(中略)だから聖書の訳語を「箱船」と訂正してほしいと提言します」とまで記しておられます。

  Ⅰ.ノアと救いの箱舟 この出来事はBC2500年頃の出来事でした。しかしそれから4000年以上もたった現在の私たちへの強烈なメッセージです。世が乱れ神は「すべての人を絶やそうと決心した」(6・13)のでしたが、その中に「正しく、かつ全き人であった」ノア、「ノアは神と共に歩んだ」(6・9)人でした。神はこのノアに命じてすなわち招いて家族と共に箱舟に入らせられました。箱舟のサイズ、共に招き入れる動物、植物、こと細かな神の言に「ノアはすべて主が命じられたようにした」(5)のでした。40~50年かかってノアと妻、3人の息子たちとその妻たちは箱舟を造りました。山の上に舟・・・それは人々の笑い種となったことでしょう。「あと七日したら洪水がおこる」と人々を招いても誰もが知らん顔。しかしついに七日後、洪水が起こりました。ノアの600才の2月17日でした。四十日四十夜、天からの大雨と共に地からも水がわき、地のすべての生き物は拭い去られました。ノアと家族の8人だけが箱舟に入り、「主は後ろの戸を閉ざされた」(16)のでした。5ヵ月、箱舟は浮き、7月17日にアララテの山にとどまり、水が引くまで7カ月かかりました。1年1ヵ月と10日、ノア601才の2月27日、ノアたち8人は土を踏みました。まさに『救いの箱船』に8人が救われました。  

 Ⅱ.キリストと救いの箱舟 21世紀を生きる私たちのための救いの箱舟は十字架に死に、復活されてやがて信じる者たちを神の国に迎えるためにおいでになろうとしている再臨のキリストです。「箱舟によるノア一家の救いはイエス・キリストによる救いをあらかじめ示したものである。キリストが再臨について語られた時、ノアの時代を例にあげて警告を与えられた」(マタイ24・37~39、ルカ17・26~27)(『牧羊者』p.17)。神は今も「ひとりも滅びることなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対して長く忍耐しておられるのである」(Ⅱペテロ3・9)キリストのおいでは近づいています。あなたもあなたの家族も、永遠の救いに入れられて下さい。

<お知らせ>

▷本日より12週ぶりに共に集っての公同の礼拝が開始され、大きな喜びと感謝をもって今年の後半期に入りました。

▷しばらくは子どもたちも共に、10:15~11:15の礼拝です。

▷かえるクラブも7/9㈭より再開します。ただし時間は半分で15:30~16:30です。楽しみに待っていてくれる子どもたちへのよい伝道の時として用いられますよう、お祈り下さい。

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