2月 最終聖日礼拝でした。2021.2/8(日)

≪今週のみ言葉≫

説教題:『サムソンの怪力』

聖 書:士師記16章4~6節、15~22節

「聖書」は私たちの心の鏡です。登場人物は優れた模範でもあり、時には反面教師です。きょうの「サムソン」はどちらかと言えば後者でしょう。しかし選んだ神様のご真実は、変わりないことを覚えます。

Ⅰ.怪力の秘密と喪失(13・1~5、16・15~21)

サムソンは最後の士師として、BC1069年~1049年の20年間活躍しました。その出生は不思議なものでした。マノアとその生まず女の夫人に、「不思議」(13・18)と名乗る主の使いが現われて、マノアの妻が男の子を産むこと、胎の中にいる時からのナジル人で、イスラエルをペリシテ人の手から救い始めることを告げられました(13・5)。そのようにして誕生したサムソンは、神に献げられたナジル人として、ぶどうからとったものを食べず、頭にかみそりを当てず、長髪が神への献身のしるしとなり、それが怪力の秘密だったのでした。ところが40年もイスラエルを苦しめてきたペリシテ人たちは、このサムソンの異常なまでの怪力にお手上げ状態でしたが、知恵と奸計をもってサムソンが愛したデリラを用いてその秘密を暴こうとしました。1度目、「七本の新しい弓の弦で私を縛るなら」、2度目「仕事に使ったことのない新しい網で縛るなら」3度目「機の経糸と一緒に私の髪の毛7房を織り込み、織のおさで締めつけておくならば」と言われても、すべてそれは偽りとわかり、デリラが来る日も来る日もせがむので、とうとうサムソンは秘密をばらしてしまい、髪の毛を剃り落とされて無力とされてしまったのでした。両眼をえぐられ、うすを挽く奴隷扱いをされ、絶望のどん底に落とされてしまいました。

Ⅱ.悔改めと怪力の回復(16・22~31)

「彼は、主が自分から離れられたことを知らなかった。」(16・20)サムソンの哀れな霊的状態でした。捕えられ両眼をえぐり出され、青銅の足かせを掛けてつながれ、牢の中で臼をひいていたサムソンの哀れな状態の中で、しかし、彼は自分の生涯の中で初めて経験するこの挫折の中で、主の前に深刻な悔改めの時を、また主との関係の回復の時を与えられたのでした。そのしるしのようにして「しかし、サムソンの髪の毛は剃り落とされてからまた伸び始めた。」とあります。ペリシテの神ダゴンの祭に及んで、サムソンはそこで「見せ物」(22)「笑いもの」とされるため引き出されました。しかし、彼は自分の手を神殿を支えている柱に寄りかからせてもらって、主を呼び求めて祈りました。「ああ神よ、どうか、もう一度だけ私を強めてください」(28)と。そして「ペリシテ人と一緒に死のう」と言って、力を込めてそれを押し広げた。」(30)のでした。神殿は、すべての民の上に崩れ落ち、「サムソンが死ぬときに殺した者は、彼が生きている間に殺した者よりも多かった」(30)のでした。悔改める者への神の100%のゆるしと憐れみを覚えます。このサムソンも新約聖書では信仰の勇者としてたたえられています(ヘブル11・32)。≪神の人は、全き服従と信頼とを持って神に連なっている間だけ、力の人でありうる。今や、霊界の怪力サムソンこそ、最も必要な人物である。≫(沢村五郎 著 『聖書人物伝』P.155) 

〈お知らせ〉

▷「2月は逃げる」の通り、2月も本日をもって終わり、明日から3月になります。明るい陽射しが世界を包む月になってほしいと祈ります。

▷本日あるいは明日には「今月のメッセージ」「3月のお祈りの課題」「ヘッダー(とっても甘いプチトマト)」が更新されます。

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2/17㈬から、レント(受難節)に入りました 2021.2/21㈰

≪今週のみ言葉≫

「手で水をすすった300人で、わたしはあなたがたを救い、ミディアン人をあなたの手に渡す」士師記7章7節

説教題:信仰の勇士 聖書:士師記7章1~8節、16~22節

 勇将ヨシュアの死後、(ヨシュアは110才、BC1390年で召天)、イスラエルは暗黒時代を迎えます。450年の間に100年間は神に背いた時代でした。7回の背信のたび毎に神は士師(救い手)を14名備えられました。第2回目の背信時に神が備えられた士師(Judge)が、第6番目の「ギデオン(BC1191~1151年)」でした。次週学ぶサムソンは最後、第7回目の背信の時用いられた第14番目の士師でした。背信のたびに神は異教の民の手でイスラエルを圧迫されました。ギデオンは、ミディアン人の手からイスラエルを救うために用いられました。

 Ⅰ.憶怯なギデオン(神の選びと配慮)

「イスラエルの子らは、主の目に悪であることを行った。そこで主は七年の間、彼らをミディアン人の手に渡された。」(6・1)イナゴの大群のように押しかけて来たイスラエルの地を荒らすミディアン人のゆえにイスラエルは主に叫びました。主が心を留め選ばれたのがギデオンでした。彼はミディアン人から隠れるためにぶどうの踏み場で小麦を打っていました(6・11)。そこへ、主の使いが現われて彼に言いました。「力ある勇士よ。主があなたとともにおられる。」(6・12)「大勇士」(同、口語訳)’thou mighty man of valour'(英欽定訳) その語りかけに対して、「私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」とギデオンは言いましたが、「わたしはあなたとともにいる。あなたは一人を討つようにミディアン人を討つ。」との主のことばでした。ギデオンはささげものを焼き尽くされたことによって、語られたお方が主であると認めました。ギデオンはなおも主からの確信を求めます。羊の毛だけが乾いているように、次は羊の毛だけに露が降りているようにと!主はそのようにされギデオンを確信づけられました。神の選びの不思議と配慮に驚きます。

 Ⅱ.ギデオンと勇士たち(神の精兵と戦略)

「少なすぎる」これはしばしば人が思い語る言葉。「多すぎる」これが神の思い、ここで語られたことばでした。ギデオンと共にいた兵士の数は32,000人でした。敵は13万人以上でした(8・10)。普通なら、もうこれだけで勝ち目はないと思う筈です。しかも主は「だれでも恐れおののく者は帰り」(3)と言われ、23,000人が離れ、残るは10,000人となりました。それでも「兵はまだ多すぎる」(4)と言われ、水辺での選定となります。犬がなめるように舌で水をなめる者、膝をついて飲む者たちは帰るように。「すると、手で口に水を運んですすった者が300人であった」(6)。主はこの戦闘に備えていた300人を精兵として用いると言われました。その夜、主はなおギデオンの内にある恐れを見抜いて、従者プラと共にギデオンを敵の陣営に導かれ、一人の人の「夢とその解釈」を聞かせて確信を与えられました(9-15)。精兵たちは角笛と空の壺、そしてその中にたいまつを入れたものを携えて、3隊に分かれて夜襲をかけたのでした。「主は陣営全体にわたって同士射ちが起こるようにされた」(22)ので、敵は逃げ、イスラエルは追撃し、大勝利をおさめました。神は弱い者たちを『信仰の勇士』とされて、ご自身の栄光のために用いられるお方です。

<お知らせ>

▷レント(受難節)は、2/17㈬「灰の水曜日(Ash Wednesday) 」から、6回の日曜日を除く40日間で悔い改めと克己の期間とされ、キリストの十字架を偲びつつ過ごします。今年は2/17㈬~4/3(土)で、4/4(日)がイースター(復活祭)です。4/1㈭が、洗足日、4/2㈮が受難日となります。

▷春の陽気かと思えば、地震、寒波再来と、なかなかな厳しい2月です。くれぐれもコロナや風邪から守られつつ「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことにおいて感謝」しつつ、主と共に前進しましょう。

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今週2月17日(水)は「灰の水曜日」です。2021.2/14(日)

≪今週のみ言葉≫「そうすれば町の城壁は崩れ落ちる。民はそれぞれ、まっすぐに攻め上れ。」ヨシュア記6章5節

説教題:『主の勝利』 聖書:ヨシュア記6章1~21節

1/3㈰~2/7㈰、2021年、教会に与えられている旧新約二つのみことばと、教団に与えられている二つのみことばを共に味わい、恵みを心に刻みました。本日より再び『牧羊者』カリキュラムに沿っての合同礼拝メッセージとなります。2月は「イスラエルの指導者」で、ヨシュア、ギデオン、サムソンに学びます。3月は「キリストの十字架への道」です。教会暦では今週2/17㈬が灰の水曜日(Ash Wednesday)で、レント(受難節)に入り、3/28㈰が受難週礼拝、4/3㈯でレントが終り、4/4㈰がイースター礼拝です。さて、今週の「イスラエルの指導者」はヨシュアです。モーセのあとに立てられたリーダーでした。

 Ⅰ.主の戦いのリーダーは「主」 本日のテキストの前に、5・13~15の大切な伏線があります。奇跡的にイスラエルの民はヨシュアに導かれてヨルダン川を渡りましたが、(3章)約束の地の入り口には、堅固なエリコの城壁がそびえたっていたのです。「エリコ」はイスラエルの子らの前に城門を固く閉ざして出入りする者はいなかった」(6・1)とある通りです。しかもそのエリコには、王や勇士たちがいるのです。ヨシュアは大きな不安の心でエリコの前に立ち尽くしていたに違いありません。ところがその時、「目をあげてみると、一人の人が抜き身の剣を手に持って彼の前方に立っていた」(5・13)のでした。ヨシュアが「あなたは私たちの味方ですか、それとも敵ですか」(同)というと、「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ」(5・14)と言われて、ヨシュアはひれ伏し、足の履き物を脱いで、主こそリーダーと認めたのでした。「見よ、わたしはエリコとその王、勇士たちをあなたの手に渡した。」(6・2)≪「渡した」という言葉は完了形であり、この勝利が神の意志によって既に達成されたものであることをあらわしている。実際の占領は神の既成の事実がこの地上において展開され、遂行されるにすぎないのである(天的既決定の地的追決定)。≫(『牧羊者』Ⅳ巻P.53)

 Ⅱ.主の戦いの勝利は「従順」 主なるリーダーは、まるで奇異と思われるような戦略方法をヨシュアに、そしてヨシュアを通して民に授けました。6日間はエリコの町の周りを1周する。はじめに武装した者たち、雄羊の角笛を手にした7人の祭司たち、主の箱、しんがりにまた角笛を吹き鳴らす者たちの順に進むこと。角笛は鳴っても民は一言も話したり言葉を発してはいけないのでした。7日目にはそれを7周する。7周目に、角笛と共にヨシュアが「ときの声を上げよ。主がこの町をあなたがたに与えて下さったからだ」という時、民はときの声を上げるというものでした。ヨシュアも民も、全員その主のことばに大真面目に従い、「城壁は崩れ落ちた」(6・20)のでした!≪従順による大勝利≫でした。信仰生涯の中で、日々さまざまに「エリコの城壁」のように、目の前に立ちはだかるものがあろうとも、≪みことばへの従順≫で勝利していけるのです。

<お知らせ>

▷早くも2月を半分過ごしてきました!Time flies!(光陰矢の如し)です。しかし、主キリストを知る者は一日一日、このお方と共に確かな歩みが与えられて感謝です!

▷2月7日(日)は教会総会、2月11日(木・祝)は、第26回四国教区総会を無事守られ、新しい年度へとスタートでき感謝です。もちろんコロナ渦中にあって、行事計画は、ほとんど未定状態ですが、そけだけ、神のみ前に多く静まり、充実した祈りとみことばの日々をもてることは感謝です。そうした中から、神のみわざを拝していくに違いありません。楽しみです!コロナの一日も早い終息を祈ります。

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2月第一聖日・教会総会の聖日でした。2021.2/7(日)

≪今週のみ言葉≫ 「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」

テモテへの手紙第二4章2節

説教題:『みことばを宣べ伝える』 聖 書:テモテへの手紙第二 4章1~8節

本日のみ言葉は、今年日本イエス・キリスト教団に与えられている新約のみ言葉です。先週2/3㈬祈祷会「ベラカ」で学びました大迫害者から大使徒に一大転換せしめられたサウロ(ユダヤ名)、第一次伝道旅行の中でパウロと呼ばれるようになった、このパウロの言わば「遺言」とも言われるテモテへの手紙第二4章2節のみ言葉です。パウロは首切りによる殉教死寸前にこの手紙をローマの獄中でしたためました。AD67年でした。

Ⅰ.パウロの希望(終活)(6~8) このローマ投獄は2回目であり、パウロは自分の命も短いことを悟らされていたようです。まさに「神の御前」「キリスト・イエスの御前」に立つが如くにしてその心境を証しします。何と確信に満ちたものでしょうか!「私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」(7)「良い戦い」を戦い抜いてきました。「真実に」(信仰を)走り抜いてきました。パウロがキリストのゆえに、また福音宣教のゆえにくぐってきた「苦難のリスト」は、コリント人への手紙第二11章23~29節にあり、読むだけでタジタジとなります。特に同胞ユダヤ人からの迫害は耐え難いものでしたでしょう。しかし、そのユダヤ人たちのために、パウロはあのモーセのように祈りました。「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。私は自分の兄弟たち、肉による自分の同胞の為なら、私自身がキリストから切り離されて、呪われた者となってもよいとさえ思っています。」(ローマ9・2、3) これが異邦人使徒として召されたパウロの同胞への熱い愛・思いだったのです。その走るべきコースを走り抜こうとしている今、パウロの希望が輝きます。「あとは、義の冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。」(8)すべての労苦はその冠の輝きの前に消え去っていくのです。

Ⅱ.パウロの奨励(遺言)(1~5)あるいは「命令」とも言えるものです。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(4・2)思うに初代の使徒たちにとって時に神の御膳立てによってペテロがコルネリオ一家の救いのために用いられたこと(使徒の働き10章「ベラカ2/4分」)は、まさに「時が良くても」でしたでしょうが、多くの場合、初期の使徒たちのエルサレムでの宣教、そして特にパウロの第一次、第二次、第三次伝道旅行などは、「時が悪くても、悪くても」という状況でした。しかし、キリストの愛に迫られて使徒たちもパウロも宣べ伝え続けたのでした。今も確かに終末の悪い時代ではあります。しかし日本は今なお自由に福音宣教のできる「時が良くても」の状況です。さまざまに知恵を頂いて「みことばを宣べ伝え」ましょう!このパウロの奨励はただ愛弟子テモテのみへのものではなく、すべての主の弟子、主のしもべ、そして今日、私たちへの勧めです。

<お知らせ>

▷2/3㈬に立春を迎え、三寒四温の中まだまだ終息未定のコロナの中で祈り、対策を怠らず守られてよい春を迎えましょう。

▷礼拝のみことばは今年創立70周年を7月に迎える、日本イエス・キリスト教団の今年のみことば、新約です。迫害で散らされるという「悪い時」をも神様はみことばを伝えるという「逆手」を取られ、福音は前進していきました。(使徒の働き8・4)しつこいコロナの中にも神のみわざを見るべく「みことばを宣べ伝え」ていきましょう。

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1月最終主日礼拝でした。2021.1/31(日)

≪今週のみ言葉≫

 「わたしの臨在がともに行き、あなたを休ませる。」出エジプト記33章14節

説教題:『主の臨在とともに』

聖 書:出エジプト記33章7~17節

今週と来週とで、今年日本イエス・キリスト教団に与えられているみことばを共に心に刻みたく願います。今年は教団創立70周年の年です。教団創立総会は1951年7月20日でした。初代委員長の小島伊助先生が、祈りのうちに教団のために与えられたみことば、それがこの出エジプト記33章14節のみことばでした。7月には『教団70周年記念誌』発行予定です。編集委員長:大塚篤師、編集委員:宮崎浩師、小野淳子師、印刷:松木共栄印刷のためにお祈り下さい。大切なみことばがどのような背景のもとに語られたか知っておきましょう。

Ⅰ.とりなしの威力(32・30~35)(33・12~13,15~16)

32章33章には神によってイスラエルの民の為に立てられた指導者モーセの3段階の祈りが記されています。すべてが「民のためのとりなしの祈り」です。その背景は、モーセが「十戒」を授けられるため山に登っていた40日間の間に、早くも民が神に背き、アロンをして偶像「金の子牛」を作らせ、神の目の前に堕落してしまったできごとでした。神の怒りは燃え上がり民を滅ぼそうとさえ思えるようなものでした。モーセはアブラハム、イサク、イスラエルとの契約を持ち出して、神の怒りをなだめました。しかし山から降りて然るべき刑罰が罪を犯した民の上に下されました。そしてモーセはその翌日、民の罪の為に神の御前に宥めをするために再度主のところに戻ってとりなし祈ったのでした。その究極は「今、もしあなたが彼らの罪をゆるして下さるなら---、しかしもしかなわないなら、どうかあなたがお書きになった書物から私の名を消し去ってください」(32・32)との驚くべき祈りでした!「彼らの身代わりになって自分が永遠に地獄に落とされてもかまわない」との祈りでした。何という驚くべき愛、また驚くべきたましいに対する重荷でしょうか。そして驚くべきとりなしの祈り。

Ⅱ.臨在の威力(33・14,17)

このモーセのとりなしの威力は32・7~11に記されている「会見の天幕でのモーセと神との交わり」から出ているものです。そして12,13節のとりなしの第2段の祈りをささげるモーセでした。「だれを私と一緒に遣わすかを知らせて下さいません。」(12)と。そのモーセの祈りへの応答が、このみことばでした。「わたしの臨在がともに行き、あなたを休ませる。」(14)‘My presence shall go with you, and I will give you rest.’ ‘presence’「臨在」は「顔」という原語が用いられています。「わたしの顔」があなたと必ずともに行くとの力強い約束でした。会見の天幕で、「主は、人が自分の友と語るように、顔と顔を合わせてモーセと語られた」(11)のでした。「ああ、あのみ顔が一緒に行ってくださるのだ!」と、モーセの内から喜びが湧き上がったことでしょう。それでもなお、第3段のダメ押しのとりなしの祈りが、「もしあなたのご臨在がともに行かないのなら、私たちをここから導き上らないでください」(15)だったのです。徹底した『臨在信仰』以外の何ものでもありません!

<お知らせ>

▷主の2021年、早くも1ヶ月経過しました。1月中の礼拝、祈祷会、役員会、かえるクラブが守られ感謝いたします。願わくは2月もこの形で継続できますようにと祈っています。

▷今日、明日にも「今月のメッセージ」「2月のお祈り」「ヘッダー(リース)」が更新されます。

▷次週2/7(日)は礼拝に続いて11:30~12:30と短縮された形での教会総会が行われます。2021年度の新たな良きスタートとなりますようにお祈り下さい。

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