受難週礼拝(パームサンデー)・聖餐式礼拝でした。2020.4/5(日)

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」。マルコ15章34節

本日は受難週礼拝でした。パームサンデー(棕梠の主日)とも言われます。子ろばに乗ってエルサレムに入城されたイエス・キリストを人々が棕梠の枝を振って大歓迎したところから名付けられました。ところがその週の金曜日には、民衆は「十字架につけよ!」と叫び、ローマの極刑、最も苦しく恥に満ちた十字架に主は架けられました。その上で、午前9時から午後3時の間に7つの言葉を発せられ、今日のみ言葉はその第四言で、まん中でもあり、またクライマックスともいえるみ言葉です。

「わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒におられる。わたしは、いつも神のみ心にかなうことをしているから、わたしをひとり置きざりになさることはない」。(ヨハネ8・29)

と、語られたイエスが、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたのでした。「どうして捨てられるのか、全く身に覚えはありません」と。実は、その瞬間、全人類の罪、呪いの一切がイエス・キリストの上に置かれ『神との断絶』が、つまり『死の実体』を味わわれたということでした!身代わりの死、代償の死により、全人類の贖いが成し遂げられた瞬間だったのです。ハレルヤ!感謝以外の何物でもありません。

<お知らせ>

▷コロナウイルス感染拡大の大変なまさに『受難週』を迎えました。今週金曜日4/10㈮が受難日(good Friday)です。当教会では10:00と19:30、祈祷会を行います。

▷次週4/12(日)は10:15~イースター(復活祭)合同礼拝です。「死よりよみがえられ今も生きておられるキリスト」を礼拝し、喜びたたえ、復活の命に生かされます。

転入会式、子どもたちの入学、進級をお祝いいたします。

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3月最終礼拝でした。2020.3/29(日)

≪今週のみ言葉≫

「それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした」。マルコ15章15節

「さて、祭のたびごとに、ピラトは人々が願い出る囚人ひとりを、ゆるしてやることにしていた」(6)

ユダヤ人たちに連れてこられたイエスに対して、ピラトは何の罪も認められず、訴えられたのは長老たちや祭司長たちの妬みによることがわかっていたのでした。そこで「バラバ」と「イエス」を群衆に選択させようと引き合いに出しました。ピラトの考えでは、100人中99人が「主イエスを特赦にして下さい」と言うだろうと。そして、この暴動と殺人の罪とで服役中だったバラバを比べれば、一目瞭然、このような者がゆるされて出てくれば民衆は安心できないと思ったのでした。ピラト自身もまことに名案だと自負し、これで主イエスを釈放できると思ったのでした。群衆への問いかけに対し、耳を疑うような答えが叫ばれました。「バラバを赦せ」「それではこの人をどうするのか」「十字架につけろ!」バラバを赦して暴動も殺人も認める愚かな選択でした。民衆は祭司長たち指導者たちに扇動されたのでした。バラバは赦された!!イエスの身代わりの死によって。それはまた私たちの姿です。

<お知らせ>

▷大変な「受難節」を過ごしています。主の憐れみと守りを祈り、コロナウイルスのすみやかな終息をと祈り続けます。

▷今週水曜日には新しい月、4月を迎えます。願わくは「復活節」にふさわしい世界にと祈ります。「今月のメッセージ」「4月のお祈り」「ヘッダー(桃の花)」が更新されます。

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「ゲツセマネの祈り」を味わいました。 2020.3/22(日)

≪今週のみ言葉≫

「アバ、父よ、あなたにはできないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。マルコ14章36節

十字架にかかられる週、エルサレム入城の日以来、イエス様は「いつものように」「いつもの場所」(ルカ22・39.40)で毎夜、お祈りをされました。第5夜、すなわち木曜日の夜が最後でしたが、そこはオリーブ山のふもと、ゲツセマネという所でした。「油絞り」という意味の名にふさわしく、そこにて、主イエスは「苦しみの祈り」をされたのでした。父なる神の前に「ありのまま祈られました」すなわち、ご自分の悲しみ、悩み、肉体の弱さをさらけ出して、「悲しみのあまり死ぬほどである」(34)とまで言われ、ふつうユダヤ人は立って祈る所を、イエス様は苦しみと悲しみのあまり立っていることができず、「地にひれ伏し」(35)て祈られました。ルカの表現では「その汗が血のしたたりのように地に落ちた」(22,44)ほどの苦しみでした。しかし、祈りの内に『みこころ』が十字架と悟られ、その祈りは勝利の祈り、『みこころ』に従うという深い喜びの祈りと変えられたのでした!十字架に至る過酷な扱いと敗北ともみなされるような十字架の極刑への勝利はここ、ゲツセマネのこの祈りから来たのでした!そして、それは皆「わたしのため、あなたのため」でした。

<お知らせ>

▷コロナウイルスの終息のため続いて、ひたすら祈りましょう!コロナウイルスの去ったあと、諸教会に神の霊のリバイバルを祈りましょう!

▷願わくは、4/12(日)イースター合同礼拝と午後の集い 4/19(日)召天者合同記念礼拝を予定通り行うことができますよう、全能の主に祈ります。

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キリストの受難の足跡を辿っています。2020.3/15(日)

《今週のみ言葉》

「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。マルコ14章31節

弟子たちとの最後の食事(晩餐)の時、主は聖餐を制定されいつまでも記念するようにと言われました。彼らはさんびを歌い、オリブ山へと出かけて行きました。その時のイエスとペテロとの会話です。「あなたがたは皆わたしにつまずくそして散らされる。しかし、わたしはよみがえってあなたがたより先にガリラヤへ行く」と言われる主に、ペテロは「たとい、みんなの者がつまずいてもわたしはつまずきません」と言いました。主は言われました、「きょう、今夜、にわとりが2度鳴く前に、そう言うあなたが、3度わたしを知らないと言うだろう」と。それに対してペテロは力をこめて、上記の言葉を言ったのでした。『ペテロの決意』それは心の底からのものだったのです。しかし、もろくも崩されてしまい、イエス様の言葉の通りになりました!捕らわれてゆくイエス様を目にしてペテロは「にわとりが2度鳴く前に」3度『あの人を知らない』と言い、過ぎゆかれたイエス様の愛の眼差しと出会い、男泣きに泣きました。主はペテロを知り尽くし愛しつくし、そして彼の信仰がなくならないように祈られたのでした。圧倒的な愛!永遠不変の愛!どんな言葉も形容できないほどのキリストの愛!それが後にペテロを再び召し、活き活きとキリストのために生きる生涯を全うせしめたのでした。

<お知らせ>

▷コロナウイルスも全能者のみ手の中。そのみ手の守りを信じて教会学校、礼拝、祈祷会は通常通りです。

▷宣教プログラムや、教会(信徒)の建てあげのための、神が招集される聖会などが妨げられようとしているコロナウイルスの即刻の終息をお祈りします。

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3月第二聖日礼拝を感謝します。2020.3/8(日)

≪今週のみ言葉≫

「取れ、これはわたしのからだである」。「これは、多くの人のために流すわたしの契約の血である」。マルコ11章22、24節

教会の二大礼典(Sacrament)は、洗礼式と聖餐式です。洗礼式は一生の内でただ一度あずかるもの。罪を悔い改め、キリストの十字架の身代わりを信じて赦して頂き、神の子とされる洗礼(バプテスマ)を受け、キリストにある新しい人生をスタートします。聖餐式とは、何度でもくり返しあずかるもの。十字架上に裂かれたキリストの肉を象徴するパンを頂き、同じくそこで流して下さったキリストの血を象徴するぶどう汁を頂くものです。それは、自分のためにキリストが愛ゆえに命を捨てて下さって、永遠の滅びから永遠の命にうつして下さったことを深く記念し続ける尊いものです。初めの愛に常に帰って、新鮮に救いの喜びを保ち続けるために、キリストご自身が十字架にかかられる前夜制定して下さった儀式、それが聖餐式です。聖餐を重んじてあずかりキリストへの愛に燃やされる熱いクリスチャンでありましょう。

<お知らせ>

▷コロナウイルス感染拡大のため、ゴスペルカフェ、CSデイキャンプも中止となり、木曜かえるクラブも春休みに入りました。一日も早く終息しますように!大きな喜びをもって4/12(日)の復活祭(イースター)を多くの方々とお迎えできますようにと祈り、備えています!

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