礼拝堂での公同の礼拝再開です。2020.7/5㈰

≪今週のみ言葉≫

あなたと家族とはみな箱舟に はいりなさい」。創世記7章1節

説教題:『救いの箱舟』

聖 書:創世記7章1節~24節

  礼拝再スタートを主に感謝いたします。時間のことなど考えて子どもたちも共に礼拝する形をとることにしました。聖書教育教案誌『牧羊者』によるメッセージを致します。み言葉カードや「子ども聖書日課」を活用したい考えです。このページならびにホームページには一般向けメッセージを記し、語るメッセージは子どもたちのことも考えて用意したいと思っています。恵みの礼拝となりますようお祈り下さい。≪ノアの箱舟≫です。「聖書記事の箱舟は長さ156m、幅27m、高さ16mのとてつもない大きな木造船です。エンジンも不要、浮くだけに作られた3階建ての驚くべき収容箱と言えます」。と高原幸男先生は書かれ、かつ「ノアの箱舟はタンカーほどの巨大な船です。(中略)だから聖書の訳語を「箱船」と訂正してほしいと提言します」とまで記しておられます。

  Ⅰ.ノアと救いの箱舟 この出来事はBC2500年頃の出来事でした。しかしそれから4000年以上もたった現在の私たちへの強烈なメッセージです。世が乱れ神は「すべての人を絶やそうと決心した」(6・13)のでしたが、その中に「正しく、かつ全き人であった」ノア、「ノアは神と共に歩んだ」(6・9)人でした。神はこのノアに命じてすなわち招いて家族と共に箱舟に入らせられました。箱舟のサイズ、共に招き入れる動物、植物、こと細かな神の言に「ノアはすべて主が命じられたようにした」(5)のでした。40~50年かかってノアと妻、3人の息子たちとその妻たちは箱舟を造りました。山の上に舟・・・それは人々の笑い種となったことでしょう。「あと七日したら洪水がおこる」と人々を招いても誰もが知らん顔。しかしついに七日後、洪水が起こりました。ノアの600才の2月17日でした。四十日四十夜、天からの大雨と共に地からも水がわき、地のすべての生き物は拭い去られました。ノアと家族の8人だけが箱舟に入り、「主は後ろの戸を閉ざされた」(16)のでした。5ヵ月、箱舟は浮き、7月17日にアララテの山にとどまり、水が引くまで7カ月かかりました。1年1ヵ月と10日、ノア601才の2月27日、ノアたち8人は土を踏みました。まさに『救いの箱船』に8人が救われました。  

 Ⅱ.キリストと救いの箱舟 21世紀を生きる私たちのための救いの箱舟は十字架に死に、復活されてやがて信じる者たちを神の国に迎えるためにおいでになろうとしている再臨のキリストです。「箱舟によるノア一家の救いはイエス・キリストによる救いをあらかじめ示したものである。キリストが再臨について語られた時、ノアの時代を例にあげて警告を与えられた」(マタイ24・37~39、ルカ17・26~27)(『牧羊者』p.17)。神は今も「ひとりも滅びることなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対して長く忍耐しておられるのである」(Ⅱペテロ3・9)キリストのおいでは近づいています。あなたもあなたの家族も、永遠の救いに入れられて下さい。

<お知らせ>

▷本日より12週ぶりに共に集っての公同の礼拝が開始され、大きな喜びと感謝をもって今年の後半期に入りました。

▷しばらくは子どもたちも共に、10:15~11:15の礼拝です。

▷かえるクラブも7/9㈭より再開します。ただし時間は半分で15:30~16:30です。楽しみに待っていてくれる子どもたちへのよい伝道の時として用いられますよう、お祈り下さい。

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2020年前半期最終礼拝です。2020.6/28㈰

≪今週のみ言葉≫

「神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。ヨハネ4章24節

説教題:『天の父を礼拝する』

聖 書:ヨハネによる福音書4章13節~26節

 4/19㈰~6/28㈰、11週に亘って「自粛、自宅礼拝」を守らせて頂きいよいよ願わくは次週7/5㈰より、公同の礼拝、共に礼拝堂に集っての礼拝にと祈り願って、備えをしたいと思います。 

 Ⅰ.生ける水を求めて(13~18節) 

 旅の疲れを覚えて、イエスはユダヤからサマリヤへ行く途中、サマリヤを通過するのでしたがヤコブの井戸のそばに座られると、昼の12時頃、ひとりのサマリヤの女が水を汲みに来ました。「水を飲ませて下さい」とユダヤ人の男性に頼まれて、女は驚きました。BC722年、北王国の首都サマリヤはアッスリヤに滅ぼされ、そこにアッスリヤ人が入り込み、混血民族となったサマリヤ人たちはエルサレム神殿には受け入れられず、ゲリジム山に礼拝の場所を建て、以来ユダヤ人とサマリヤ人は反目関係にあったからでした。しかしイエスは、「『水を飲ませてくれ』」と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」(10)と言い、13,14節のみ言葉を聞いた女が、生ける水を求めると、イエスは、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」(16)と言われました。女は深い罪意識と共に、神にゆるしを乞うための犠牲を私はどこでささげようか?と、「礼拝」の話に入るのです。 

Ⅱ.まことの礼拝をする者(19~26節)

 「女よ、わたしの言うことを信じなさい」(21)とイエスは切り出し、ゲリジム山でも、またエルサレムでもない所で、「父を礼拝する時が来る」(21)。まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられる」(23)と語られ、「神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」(24)と告げられました。 ≪礼拝は祈りよりも深遠ことです。神を礼拝することは、神と交わることよりも深いことです。天の御使いの礼拝を見て下さい。神の玉座の前にひれ伏し、冠を投げ捨てて神を礼拝しています。これはまことの礼拝です。自分を捨て、神の偉大さを感じて神を賛美することは、まことに神を礼拝することです。まことの礼拝は、神がすべてのすべてであること、人間は無に等しい者であることを感じて神を礼拝することです(中略)私たちが心の中に14節の泉をもっているならば、23節24節のまことの礼拝をすることができます。≫(バックストン著作集第7巻R109~110) 御子キリストの血によって罪ゆるされ、洗われ、永遠の命に至る泉を内に頂いた者こそ「人として最高の行為」である「まことの礼拝をする者」として生涯、み前に立つその時まで生かされましょう!

<お知らせ>

▷2020年もはや前半期を終了しようとしています。新型コロナウイルス一色でしたが、その中にも様々なオアシスを神様は下さいました。感謝をあらわして神のみに信頼してなお注意深く、「公同の礼拝」に7/5㈰より踏み切りたいと祈り願っています。

▷「今月のメッセージ」「7月のお祈り」「ヘッダー(ローズマリー)」が更新されます。

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「父の日」自宅礼拝でした。2020.6/21㈰

≪今週のみ言葉≫

「天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。ルカ11章13節

説教題:『豊かな天の父』

聖 書:ルカによる福音書11章1~13節

 本日は父の日です。その由来は~ 1909年にアメリカ・ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッド(Sonora Smart Dodd)が、自分を含む6人の子どもたちを男手一つで育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われています。最初の『父の日』の祝典はその翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われました。当時すでに1907年より母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように、父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まったのでした。 

 Ⅰ.天の父の願いー祈りのたとえ(1~8節) 

 1~4節は主イエスが教えて下さった最高の祈りの模範「主の祈り」ですが、今回は省略とします。祈りに関する主イエスが語られた適切なたとえから、天の父の願いが分かります。天の父は、いつでも与えようとしていらっしゃる。だから、求めなさい、捜しなさい、門をたたきなさいというたとえです。「パンを三つ」とは、一つは友のため、一つは自分のため、もう一つは友が不足を覚えた時の為でした。真夜中に求められた友は貧しく、家族全員が一枚の毛布の中で休んでいたため、他の家族を煩わしたくなかったのでした。しかし、「しきりに願うので」(18)起き上がって必要なものを出してくれるであろうと。あくまで頼み続けた祈りにおける根気強さ、執拗さ、熱心な粘り強さをとの願いです。

Ⅱ.天の父の賜物―祈りの約束(9~13節)

 あなた方が本当の父であるならば、魚を求めるのにへびを、卵を求めるのにさそりを与えたりはしない。マタイは、パンを求めるのに石を与えはしないと記しています。天の父はすべての必要をご存じです。「天の父はなおさら求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」(13)と。マタイは「天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか」(マタイ7・11)と、「良いもの」と記しているのに対し、ルカは「聖霊」と記し、実はこの聖霊こそがルカにとっての一大関心事であったことを示します。目にみえない第三位の神、その不思議、キリストの霊とも呼ばれ、この聖霊なるお方によって、キリストが常にそばにいて下さりなぐさめ、助け導いて下さいます。この霊の賜物こそ、天の父が下さる最高・最上の賜物なのです。終りに「父の日」にふさわしいある神学者の言葉です。「親が子どもにしてやれることは、実に限られている。子どもの身体と魂を健康にしてやることも、まして『幸福に』してやることも、『有能な人間』にしてやることも、親の力だけではできない。そして本来的には、子どもは神に、聖霊に守られ導かれるのであるということを示すしかできない。しかし、結局それが、親が子どもになし得る最善のことなのである。」

<お知らせ>

▷「お父さん!ありがとう!!」父なる神様に、そして天の父の代行者としての使命を与えられている肉親のお父さんに、また教会のお父さん方に、心より感謝致します。

▷わたしたちの教会では6/28㈰まで自宅礼拝です。その日の役員会で、7/5㈰からの礼拝再開について話し合い祈り合います。それなりの準備も要しますので、お祈り頂けましたら感謝です。

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梅雨に入りました。2020.6/14㈰

≪今週のみ言葉≫

「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。使徒行伝3章6節

説教題:『わたしにあるものをあげよう』 

聖 書:使徒3章1~10節

 ここはペンテコステに続く神のいやしの聖書にしるされた最初の奇跡であり、その健全な道徳的霊的結果によって十分にその真実さが証明されています。使徒たちのうちにやどり、彼らを通して働く聖霊によるペンテコステの力(使徒1・8)の大いなる証しです。 

 Ⅰ.祈りの力(1) 

 彼らは宮におけるユダヤ人の祈りの時と言われている、1日3度の祈りを遵守していました。(2・42、46)。つまり「第三の時」朝9時頃と「第六の時」(10・9)、正午頃と「第九の時」(3・1、10・3)午後3時頃でした。祈りは使徒時代の教会の大切な特権であり、主要な仕事(6・4)であり、多くの力ある奇跡と勝利の原因となるものでした。(12・3~7)。祈りの習慣と約束は常にクリスチャンの勝利の秘訣です(ダニエル6・10)。祈り無き教会は力なき教会です。祈る教会は無敵の教会です。このいやしの奇跡はこれらの御霊に満たされたクリスチャンの同胞の使徒たちの一致した祈りから出た結果でした。

Ⅱ.ペンテコステの力―著しい奇跡(2~8)

 4・22を見ればこの「生まれながら足のきかない男」(1)は「40歳あまりの人」でしたから、長い間わずらい、何にも役に立たない者でした。歩くことも働くことも神殿に入ることもできませんでした。「神はこの役に立たない死んだようなものを用いてエルサレムを動かされました」(B・F・バックストン師)。彼がかかえられてきて置かれたところは「美しの門」と呼ばれる宮の門でした。何という対照!

 1)対照―この門はニカノルの門と言われるコリント風の真鍮でできていました。高さ50キュビト(22.5m)、その扉は40キュビト(18m)、分厚い金銀の板がそこに張られていました。惨めな物乞いのこの男はそうしたところに置かれていたのでした。

 2)信仰―ペテロとヨハネとは彼をじっと見て「わたしたちを見なさい」と言った。この男が、期待をもって使徒たちを見つめた時、御霊に満ちた使徒たちの顔からは、生ける神との交わりから生まれる確信と信仰が輝いていたのでした。信仰は伝染します。クリスチャンが信仰を持つと不信者の世界に信仰を生み出すものです。そして祈りはそのような聖霊のあらわれを生み出すのです。「金銀はわたしには無い」(6)とペテロはあのニカノルの門に張り付けられた分厚い金銀の板を見ながら叫んだのでしょう。「しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエスの名によって歩きなさい」ペテロの差し出された手に支えられて、この足の悪い男は、直ちに立ち上がり、歩き出したのでした!神の癒しの力が彼の全身を完全に生き返らせました!今も生きておられるイエス・キリストの御名に能力があり、信じる者に働くのです(16節)。ハレルヤ!

<お知らせ>

▷「そろそろ礼拝を始められてもいいんじゃないですか?」教会のお向かいのご主人がそう、先週の日曜日の午後、私に声をかけられ、共におられたご夫人も「ああ、今日もなくてさびしいでした」とおっしゃって下さいました!本当に大きな励ましに、私は思わず「ありがとうございます!」を繰り返しました。「人数も多いし慎重にしてます。7月からは出来ると思います」と話しつつ、心の内は喜びに溢れました。

▷西日本豪雨からまもなく二年です。今年は願わくは優しい梅雨でありますように祈ります。

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6月一杯も自粛・自宅礼拝です。2020.6/7㈰

≪今週のみ言葉≫

「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。」マルコ16章15節

説教題:『福音を伝える』 

聖 書:マルコ16章14~20節 

「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。」マルコ16章15節

 3/1㈰のレント・メッセージ①から、マルコによる福音書より、主のメッセージを頂いて来て、本日が最終となります。その頃から新型コロナウイルス感染拡大が騒がれてきて、未だに大胆な宣教活動と集会が阻まれている状況ではありますが、主のご命令には変わり有りません。 

 Ⅰ.人の不信仰と無力(マルコ16・11~14) 

 「信じなかった」(11)、「信じなかった」(13)、「信じなかったからである」(14)と弟子たちの復活の主への不信仰が記され、イエスは「彼らの不信仰と心のかたくななことをお責めになった」(14)のでした。十一弟子たちは恐れに取り囲まれていたのでした。不信仰のゆえにまことに無力であったわけです。しかし何と驚くべき主の命が、このような人々に与えられたことでしょう!これはまさに神の御子の信仰という以外の何ものでもありません。

Ⅱ.神の信仰と能力(マルコ16・15~20)

 神のご命令は、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(15)です。何という大規模な命令でしょう!「全世界」の人々に福音が必要なのです。「すべての造られたもの」に福音が必要なのです。この時、弟子たちの内の誰一人として、この「全世界的」宣教の幻はみじんも描いた人はいなかったでしょう。当時の「全世界」の限界もありますが、それ以上に弟子たちの信仰の目に限界があったのです。しかしそれにも関わらず、神はこのような「人」を信頼して、福音宣教を委ねられました。そして本当にこのご命令は実現されていったのでした。神のご命令ならそのまま受取り、その実現は神がなさって下さると信頼してただ従うのみです。19節と20節の間に「ペンテコステ」がありました。その実現のための推進力、神のパワー(能力)が人に注がれねばなりませんでした。それが「ペンテコステ(聖霊降臨)」でした。この上よりの聖霊の力を受けて、人の不信仰と無力とは、神の信仰と能力にのまれてしまって、神のご命令は実現されていったのでした。そしてこのVISION(ビジョン)実現のためには、その背後にあった神の推進力には驚くべきことが潜んでいたのを知ります。使徒行伝7章のステパノの殉教と散らされた人々、8章のサウロの迫害、教会としての最暗黒の日々、9章のサウロの驚くべき回心、そしてヨーロッパ宣教へと!

〔証し〕 VIKING(バイキング 海賊)の国と言われた英国からB・F・バックストン師が来日されたのは1890年、ちょうど130年前の11月でした。1903年、日本伝道隊が英国で設立されました。わたしは1969年4月にJEB(日本伝道隊)関西聖書神学校に入学し、その春1966年に召されたJEB主幹のウィリアム・ビー先生のお墓に行きました。墓碑には‘For to me, to live is Christ and to die is gain’(ピリピ1・21)が刻まれていました。ご自分の母国を離れキリストの命令に従って宣教地、この日本に骨を埋められた宣教師の献身に心打たれました。1976年㋀、この先生のご夫人、バーバラ・ビー先生とロンドンの「祈り会」に出席しました。20名ばかりの方々が日本のために熱く祈ってっ下さっていました。「あ、私の救いはこの祈りから来たのだ!」と霊感を覚えました。宣教師の方々のため、祈りましょう。私たちは、今遣わされている家庭、職場、学校が宣教の地です。人々の救いのため祈りましょう!

<お知らせ>

▷緊急事態宣言解除とはいえ、まだまだ不安定な状況です。完全な終息のため祈り続ける必要があります。

▷教会でも、また超教派での集会は年内は中止延期となっている中で、継続されている祈祷会を感謝すると共に、ふと祈りのうちに「今年中止延期となったすべての主の集会に、来年は2倍の祝福を!」との祈りがついて出ました!信じていきます。

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