「そうめん流し昼食」の聖日でした。2019.8/11(日)

《今週のみ言葉》

「主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった」。列王下6章17節

まことの神への不信と偶像崇拝に満ちていたイスラエルに、神は預言者エリヤやエリシャをつかわして、奇跡をあらわし、そのようなイスラエルをさえかえりみていて下さる愛の力、ゆるしの力を示されたのでした。スリヤ王の策略を破るエリシャに対して王はそこに馬と戦車および大軍をつかわし、彼らは夜のうちに来て、その町を囲みました。エリシャの召し使いが朝早く起きて見ると、軍勢が馬と戦車をもって町を囲んでいたので、エリシャに「わたしたちはどうしましょうか」と叫ぶと、エリシャは言いました、「恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから」と。そして神に祈って、「主よどうぞ彼の目を開いて見させてください」と言うと、主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあったのでした。肉眼で見えるもの以上に、霊と信仰の目が開かれると更に大いなる現実が見えてきます。即ち、全知全能の神が共におられるという現実です。ですから「恐れることはない」のです。

<お知らせ>

▷礼拝後、「帰省者歓迎」のそうめん流し昼食でした。

▷次週は13:00より劇団「ヨベルのつのぶえ」練習です。10/6(日)の初公演に向けて!お祈り下さい。16:00~18:00は第35回ゴスペルカフェです。小中高生、青年、かつての青年、多数集まって、よい伝道の時となりますようにお祈り下さい。

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8月聖餐式礼拝でした。2019.8/4(日)

≪今週のみ言葉≫

「エリシャは一本の枝を切り落し、そこに投げ入れて、そのおのの頭を浮ばせ、「それを取りあげよ」と言ったので、その人は手を伸べてそれを取った」。列王下6章6,7節

 イスラエルの国中、偶像崇拝に満ちていた時代、神は預言者エリヤやエリシャによって、まさに生きておられる真の神の強烈な証しを、奇跡を通して示されました。つくづくと今、私が信じている神は、この同じ神なのだと改めて確認するものです。 今日の所は、預言者エリシャと「預言者のともがら」100人ばかりとのうるわしい生活の中での奇跡です。

 狭くなった家屋を拡張しようと、一人一人が材木を切りにヨルダンに行くその時、乞われてエリシャ先生も同行しました。一人の人が切る最中に、おのの頭が抜けて、ヨルダンの水の中に落ちてしまい、「ああ、このおのは借り物です!」と叫びました。エリシャは、「どこに落ちたのか?」とたずね、その所を示されると、一本の木の枝を切り落とし、そこに投げ入れてそのおのの頭を浮かばせたというのです!おのの頭は重いままだったでしょう!全く神のなさったことでした。一本の木は、キリストの十字架を予表し、キリストの十字架によって罪と汚れの泥沼から信じる者の魂が浮かび上がらせられるのです。これは、おのの頭の奇跡以上ともいえる奇跡です。

<お知らせ>

▷8/6㈫、7(水)と第27回四国教区バイブルキャンプがセカンドステージ塩江で行われます。お祈り下さい。

※全く同日には第121回関西聖会が、岸之里キリスト教会にて、石田学師を主講師に行われます。お祈り下さい。

▷8/11(日)正午~ いよいよ次週そうめん流し昼食です。どなたも大歓迎!

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7月最終礼拝でした。2019.7/28(日)

≪今週のみ言葉≫

「そこでナアマンは下って行って、神の人の言葉のように七たびヨルダンに身を浸すと、その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった」。列王下5章14節

「彼(ナアマン)は大勇士であった、ツアラアトをわずらっていた」(1)「イスラエルの地からひとりの少女を捕えていった。彼女はナアマンの妻に仕えた、」(2)預言者エリシャを用いられる神を知っていた。と、対照的です。

神の人エリシャが使者をつかわして、「ヨルダンへ行って七たび身を洗いなさい。そうすれば、あなたの肉はもとにかえって清くなるでしょう」と伝えた時、ナアマンは激怒しました。エリシャが出てくるでもなく、直接手を置いていやすでもなく、しかもダマスコの川でなくヨルダン川と聞いて、メンツがつぶされたのでした。しかし冷静なしもべたちのすすめにより、『神の人の言葉のように』(14)ヘリ下り、すべてを脱ぎ捨て、言われたとおりヨルダンに七たび身を浸した時!その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった」(14)のでした!!!  今も人が清くされる道はただ一つ、神が言われるとおりに信じ従う唯一の道のみです。

「しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互いに交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪から私たちをきよめるのである。もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる」(Ⅰヨハネ1章7、9節)

<お知らせ>

▷早くも8月に入ります。木曜日、8/1には、「今月のメッセージ」 「今月のお祈り」 「ヘッダー(クレマチス)」が更新されます。

▷7/24(水)梅雨が明けました。猛暑の中、ご自愛ください。 


▷ 8/11(日)12:00から「そうめん流し昼食」、楽しみにどなたもおこし下さい。

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足立幹夫師をお迎えしての礼拝でした。2019.7/21(日)

≪今週のみ言葉≫

「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである」。エペソ2章10節

ここで、良い行いにより救われるのではなく、生まれ変わった結果、良い行いをすることができるとよくわかります。私たちに注がれる惜しみない神の恵みと、神ご自身のお姿が列挙されています。「あわれみ豊かな神、その大きな愛、恵み、このすぐれて豊かな御恵み、賜る慈愛、恵み、神からの賜物」(4~8節参照)。小島伊助師によると、ここに「クリスチャン一代記」が記されています。死んでいた者がキリスとともによみがえらされ、天の所に座らせていただいているのです。良い行いのための「神の作品」として生かされます。油絵を描く者に「作品」がいとおしい子のような存在であり、作者の栄えが作品に反映するように、至上者・至高者なる最高の作家である「神の作品」、それがあなたであり私です!        (「神と共に歩む日々」小野淳子著より)

<お知らせ>

▷本日、小野牧師は 三木ホーリーチャペル(森本恵子師・恵師)での特別礼拝ご用でした。

▷夏の恒例行事、帰省者を歓迎しての「そうめん流し」昼食は8/11㈰です。大学生以上200円、以下は無料です。まずは9:15~の教会学校や10:15~の礼拝で、「心のごはん」を頂いて、大いに誘い合ってご参加下さい。

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雨の季節、主の守りを祈ります。2019.7/14(日)

≪今週のみ言葉≫

「彼ははいって戸を閉じ、彼らふたりだけ内にいて主に祈った」。列王下4章33節

エリシャの先生であったエリヤは、聖書中、初めて、死人をよみがえらせた人物でした。ザレパテのやめもの子どもでした。(列王上17・22) 今日の聖書ではエリシャもまた、エリヤに次いで、シュネムの女の子どもをよみがえらせたという、驚くべき奇跡が記されています。「戸を閉じ~主に祈った」密室における切なる祈りの力を通して、神がなさって下さった奇跡でした。神は、「肉のいのちを与えられる神」です。人は誰一人自分で生まれてきたのでもなく、自分で生きている者はありません。生かされている存在です。それにしても今日の所は「死人に再び肉体のいのちを与える神」からの大きな挑戦です。神はまた「霊のいのちを与える神です。罪ととがによって全く死んでいる魂をよびさます神です。エリシャがその型であるキリストによって、人は「新しく生まれ変わる」ことができ、清い霊のいのちに生かされます。そしてやがて「朽ちない命・永遠の命」を神のみが与えて下さいます。キリストの復活が初穂であり、信じる者は必ずやそれに続くのです。何という神、何という福音でしょうか!

<お知らせ>

▷西日本豪雨被害から一年過ぎました。なお梅雨の中ですが、被害のありませんようにお祈りいたします。

▷教会では、8/11㈰恒例の、帰省された方々ウエルカムの「そうめん流し昼食」(大学生以上200円で食べ放題)を予定しています。お誘い合わせおこし下さい。10:15からの礼拝から、どうぞ是非ご参加下さい。

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